Singing Of Myself 〜この身の自由をうたう

◇大阪医大ジェンダークリニックで起こった術後壊死について広く知らせ、問題提起します。

本人から

勝利和解の御報告

皆さま

 ヨシノユギです。
 私が原告となって争っていた「GID医療ミス訴訟」に関しまして、3月19日をもって勝利和解で妥結し、3月24日に記者会見を開いたことをご報告いたします。
 被告・大阪医大病院は、原告側が提示した和解条項を全て受け入れ、和解金ではなく慰謝料としての賠償・原告の意見陳述の場を設定すること・改善点を原告に報告することなど、非常に重要な要求を勝ち取ることができました。
 大学病院を相手に素人が挑んだ戦いとしては、充分過ぎるほどの成果です。そもそも、「このような条件で和解した」という「和解条項」を公開できること自体も、成果のひとつと言えます。和解条項が公開された以上、被告病院はその内容を実行しているかどうか、大きく問われることになります。これを病院側の「医療改善への決意」として受け取り、アリバイではなく実質化された内容になるよう、期待したいと思います。

 法廷外闘争はまだ続きますが、証人尋問約20時間、提訴から1000日を数えた長丁場の間、様々な方面からご支援頂いた皆さまに心から感謝します。
 これは、裁判に関わった全ての方の良心が生んだ勝利和解です。全国から、カンパや賛同の声を寄せて下さった支援者の皆さま。口頭弁論に足を運んで下さった皆さま。特に、長時間にわたった証人尋問を、3回ともほぼ満席にして頂いたことは、本当に嬉しくありがたいものでした。
 また、裁判の大きな転換点となる証言をして下さった鑑定医の先生。「性同一性障害とは何か」から始まり、その中でも特殊なスタンスである私を理解しようと努め、幾度も難局にあたりながら一緒に戦い続けてくれた弁護士の先生方。
 イベントのゲストでおいで下さったり、様々なお知恵を拝借したりした関係諸団体の皆さま。
 そして、気難しく完璧主義の私に愛想を尽かさず、陰日向に支え、まさに生命線として最後まで頑張りぬいてくれた支援事務局の面々。

 「金で買った鑑定医は何とでも言う」と、言った人がいました。一体どこに、敢えて大学病院と不仲になりたい医師がいるでしょうか。多忙の中、何回にも及ぶ鑑定書の書き直しや面談に応じ、自分の病院を休みにして京都まで証言に訪れて下さった先生の協力は、明らかに「割に合わない仕事」でした。こちらが心苦しいほどです。
 「事務局が悪意を持って、原告の当事者性を利用していないか」と述べる人もいました。事務局員が、私の意向なくして行動したことは一度たりとてありません。この3年の歳月を、ただ心意気ひとつで付き合ってくれただけなのです。
 このような良心を疑うというのは、寂しく悲しいことです。

 今、何らかの負の感情や、攻撃的な気持ちを伴ってこの記事を読んでいる方は、今一度、考えて頂けないでしょうか。
 裁判に訴えるということは誰もが持つ権利です。私は裁判をすることが、最も公正な方法であったと信じています。原告になることで身分を明かし、公の場で意見を述べることは、匿名で怨嗟をまきちらすより遥かに生産的なことですし、このトラブルを矮小化させない方法だったと考えています。この過程で、私は医師の名前を「暴露」したことはありません。ケンカではないからです。個人的な恨みではないからです。双方が感情論になって手術の失敗から何も学べないのでは、余りに空しいからです。

 私は裁判において、何一つとして恥じることをしていません。しかし被告側は誠実ではなく、「忘れた」「覚えていない」「知らない」という証言を繰り返しました。その「真実味」の違いが、裁判長からの和解勧告に繋がり、異例の勝利和解に結びついたと考えます。この結果、前に述べたように、被告は多くの注目の中で医療を改善していくことになりました。その責任が重く、意識の向上にも寄与するであろうことは、明白です(であれば良いと思っています)。
 ともかく、今の段階で語りきれるものではないですが、この裁判が、稀少医療の持つ問題に一石を投じたことは間違いないと思います(性同一性障害が医療化されていることは別の問題として)。


 裁判の報告会は4月4日(日)を予定しておりますので、お近くの方、詳細を知りたい方は、足をお運び頂ければ幸いです。詳細は追ってブログ上に記載いたします。

 最後に、この裁判の行方を見守って下さった皆様に最大の感謝を表して、勝利和解の御報告とさせて頂きます。
 どうもありがとうございました。


原告 ヨシノ ユギ

証言台へ

皆さま

 とりあえず明日、人生で初めて、証言台なるものに立ってきます。
 証言の前に、嘘をつかないという「宣誓」をするのですが、その中に「良心に基づき」という一節があります。
 私がこの「良心」という言葉に込める思いは、今回の裁判の証言者の中で、おそらく最も重いものでしょう。

 私が最も愛する言葉/態度のひとつが「良心」です。
 他には、「誠実さ」「真摯さ」「情熱」「同志愛」「本気」「革命的」など。

 証言は1ステップにすぎませんが、ここに辿りつくまでに、本当に多くの応援を頂きました。あまりに幸せなことです。
 10年来の付き合いになる友人から届いた、一通のメールを紹介させて下さい。


 大学病院で日々臨床に携わって○年。気付いたら患者を名前ではなく○○の患者とか××術後の患者と言うようになっていた自分に気付いた。大学病院ってそんな風になってしまう場所なのか。俺が何かを失くしたのか。悪寒。
 古今、人が集まるところにリーダーやカリスマがいた。キング牧師しかり、ゲバラしかり、天草四郎しかり。彼らは強かったし、彼らの言葉は後世に残った。彼らはただ強かったのか。ゲバラは妻に苦しみを吐露したことはなかったのか。たしか手紙が残っているな。人には強さと弱さがあるから、強くなろうとするんだろう。君は強い。弱さを知っているから強い。

 俺は君の強さに共鳴し支えていきたいと思った。俺は君の弱さを知り支えていきたいと思った。思うまま進めよヨシノ。俺はついていくぞ。
 


 今はこのメールのように、ただ思う道を往きます。
 
 10:30~12:00 執刀医への尋問
 13:30~16:00 ヨシノ、ふあ、山本 の順で尋問


 それでは法廷でお会いしましょう。


 ヨシノ

 
  

誇らしき友

 みなさん、こんにちは。原告のヨシノです。
 ここ一週間は天気も下り坂で、もやもやとした気分が続いていましたが皆さんのお住まいではいかがでしたか。

 さて、裁判では、膨大な証拠類を出します。
 「訴状」は、ほんの序章に過ぎないのです。例えば医療裁判なら、原告側の記録(私のように書き留めていれば)や、似たような症例についての本や論文、また裁判官に「ここが判らない」と言われれば、それについての資料も提出します。
 おそらくこの裁判でも、積み上げれば1mを優に超える資料を出してきました。
 
 ご存知の方も多いと思いますが、「性同一性障害」に関する術式や治療については、諸外国の方が進んでおり、結構な確率で英語論文にあたらなければならないことがあります。しかしそれをそのまま裁判官に出しても、読んでもらえません。どうするか。こちらで何とか訳すしかないのです。
 しかしご想像通り、医療用語満載の英語論文を訳すのには、どうしても専門知識が必要となってきます。翻訳会社に頼んでいては、とてもではないがお金が足りません。
 そこで今回、駄目もとでヨシノの10年来の親友で研修医に頼んでみたところ、快諾。しかも、謝礼も固辞するのです。
 「カンパの代わりだと思ってタダでやらせてくれ。気にするなよ」
 との言葉に、思わず胸がつまりました。

 
 思えば高校時代、彼は最高の相棒でした。毎日毎日、課外活動の中で、どれだけの時間を一緒に過ごしたでしょう。
 当時の仲間たちとは今も繋がっていますが、そろそろ結婚をする人も現われたり、大変な仕事に就いている人もたくさんいます。
 昔を懐かしく思い出し、彼の変わらぬ友情に胸を熱くしたのでした。

 英語論文の翻訳はたった2日で、マーベラス、ファンタスティック、ファビュラス、非常好な状態で届けられました。
 思えば、「医者なんて皆だめだ」などの考えに陥らずに済んだのは、医師になるための学業に真摯に取り組んでいる彼がいたからでした。
 友よ、誇らしき友よ。
 君に心からの感謝と敬意を表する。
 この論文が裁判の役に立つことを、本当に願っています。 

(原告)









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思い出のアルバム

◇昨日を持ちまして、この裁判も3年目に突入いたしました。

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 突然の壊死宣告。
 半年以上続いた、毎日毎日のゲーリー。

 論文執筆と提訴準備の中、何度か彼岸を見ながらどうにか手にした、おこぼれ修士号。

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 それで、どうにか提訴。
 凄い数のテレビカメラに、とりあえずニヤニヤしてみるしかなかった。



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 京都地裁前にて、やたら勇壮な感じの記念撮影。

 当時の事務局員のごく一部。
 このあと、どんどん増えていった。









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講演をしたり。





関西クィア映画祭にお呼ばれしたり。





シンポジウムを開催したり。
(報告集が出ていますから、欲しい方は こちら をご覧になってお取り寄せ下さい)

 



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 たくさんのご支援を頂いて、いつでも全力で戦い抜いて参りましたが、一時はご飯がまったく食べられなくなり、床を離れること能わず、病み衰えてしまいました。
 
 それでも、講演。

 
 多忙、ストレスなどから持続的な病を得るに至り、ずっと加療してきましたが、残念ながらまだ回復の様子はありません。裁判と同じように、牛の歩みでボチボチと付き合っていきます。





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◇「この2年で顔がずいぶん変わった」と、結構な方に言われます。やつれたのか。老けたのか。確かに省エネモードの時間は増えたかもしれませんが、心意気には一片の曇りもございませんよ。
 賛同人・カンパにご協力頂いている皆様、事務局の仲間たち、弁護士さん、忙しい毎日のどこかでこの裁判を思い出して下さっている方々、皆さんに感謝しています。
 原告になって3年目の春。裁判は、今年中に証人尋問に入れれば御の字、といったところですが、新しい事務局体制によって進展が早まることを期待しています。しかし裁判を早く終わらせるため、妥協して和解するようなことは有り得ない、と申し上げておきます。何よりも、何故この医療ミスが起こったのか真実を究明すること。再発を防ぐこと。謝罪の気持ちを表明してほしいということ。そして私の尊厳を取り戻すこと。これを達成しない限り、戦いは終わらせません。
 理想主義者めと罵られても蹴られても恨まれても、これは私の、「本気」の、「命がけ」の戦いです。 
 
烟花の京都より皆様へ ヨシノユギ



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祈り

 今日29日、大切な人が手術をします。

 ヨシノ支援が立ち上がった、最も初期の頃から、ご家族でご賛同・ご支援を頂いている中の、おひとりです。
 裁判のもっと前、私がGSPという団体で学園祭パレードをやり始めたときから、活動に興味を持ち、参加してくださっているご家族なのです。
 いつお目にかかっても、静謐で、優しい佇まいの、小柄な方です。
 とても華奢な方ですので、全身麻酔が心配です。 
 心の底から、深く、何事もなくご快復されるように祈っています。

 

 10代の頃は「オトナ」が嫌いでした。今でも、全部が「オトナ」の人は嫌いです。
 ゾウを飲んだウワバミが、帽子にしか見えない人は嫌いです。
 「屋根が白くて、窓辺にゼラニウムがうわっている素敵な家を見たよ」という情報より、「5000万円の家を見たよ」という情報に興味を示す人は嫌いです。
 
 私は概ね、年長者に嫌われるようなことをしてきましたし、年長者には嫌われるタイプだと思っていました。
 しかし裁判をはじめて、人と出会ううちに、尊敬できる歳上の知己が増え、長く丁寧に関係を続けていきたいと思う相手が多くなりました。長い戦いの道を歩んできた先達に触れ、その激励を受け、本当の意味で「歳を重ねる」ことの善さを、思うようになりました。
 幸せなことです。

 私の手術日のことを思い出すと(思い出さない方がよいのですが)ひとつひとつが鮮明で、かつ断片でもあり、少し遠ざかって見やると、まるでステンドグラスのような記憶ができあがっているのだと感じます。
 光も少しは透けるでしょうか。
 僅かに荘厳ですらあります。
 立ち尽くして見上げると、そこに描かれている姿は、きっと私の中の「神」なのでしょう。
 跪いて、ただ祈ります。
 手術が成功しますように。
 成功しますように。
ヨシノ ユギ

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追記:無事手術も終わり、お見舞いに行ってきました。
   骨の手術だったためしばらく痛みはあったようですが、
   全身麻酔の後遺症も少なく、これからはリハビリをされるそうです。
   やれやれ良かった。
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