みなさんこんにちは
事務局員のひらたです。
いつもお世話になっております。
先ほど、一時間かけて書いたブログの記事が消えてしまい、意気消沈しておりますが、めげずにまた書きます。
さて、今回は21歳ころのヨシノさんをテーマにして、ヨシノさんの実像に迫ってみたいと思いますが、果たして迫れるのか
私がヨシノさんとであったのは大学に入ってすぐのことで、当時ヨシノさんは4年生でした。ヨシノさんの第1印象は、会議に遅刻してきたのに、怒鳴り散らしてるおっかない人でした。おっかない人だという印象は当分続きますが、ともに過ごすうちに、どんどん新しいヨシノさんが見えてきました。
なんとヨシノさんは見た目は女性かしらという感じなのに、自分では男だと思っているということなのです
もし、このとき私が「ラストフレンズ」をみていたら(みれないですが)印象は違っていたか、あるいは衝撃が緩和されていたかもしれません。しかも、私はすでに2001年の段階で、金八先生第6回シリーズにおいて上戸彩が性同一性障害の生徒役を演じていたことすら知らんかったので、とてもびっくりしたのです。
このときのびっくりは、「すごいひとに出会えてしまった」というどちらかというと喜びでした。ヨシノさんには失礼ですが、それからしばらく友人とヨシノさんは何者かという話をしたものでした。
「ヨシノさんは体が女だけど心は男らしいぜ」
「なんと!じゃあ、女の人が好きなんかな」
「いや、男も好きってきいたぜ」
「え、なんじゃそりゃー」
・・・
(会話の中身は実際のヨシノさんのセクシュアリティと関係ありません)
と、いい加減な話をしてました。
私自身のおろかな話をしても仕方ありません。
ヨシノさんと一緒に活動する場において、ヨシノさんを何か特別の存在とみる者はいませんでした。最初ヨシノさんを珍しがっていた私も、自分のセクシュアリティへの無自覚さを反省し、むしろ私はなぜ性別違和がないんだと悩んでました。
性同一性障害当事者はヨシノさんだけでしたし、他の人の多くは非当事者であり、当事者同士で集まるコミュニティやサークルといった空間ではありませんでした。
私は、異なる人たちがわいわい雑居してる雰囲気が好きでした。
いまから振り返ると、そうした空間をヨシノさんや先輩たちが努力して生み出し、一生懸命維持していたのが分かります。
性同一性障害に限らず、社会にはさまざまは人が生活しています。
しかし、だいたい世の中は多数の「普通」の人たちの生活に合わせて成り立っています。
それは、個々の団体や家庭にも浸透してりる「常識」としてまかり通っているのです。でも、それは、自身の違和感を押し殺したりはじき出されたりする人々の犠牲の上に成り立っています。
21歳ころのヨシノさんを振り返っていて思うのは、
ヨシノさんの生活の場、活動の場には、ヨシノさんを特別視する目はなかったように思います。もちろん、ヨシノさんはバリバリ仕事したりしていたので、そっちの面では目立っていましたが。
性同一性障害という言葉は、そう診断された人の個性を見えなくさせ、平準化してしまいます。
大事なことは、ヨシノさんのように、自らが生活する場で足元を固めること。異なる人たちとともに自分たちの空間をつくっていくこと、ではないかと思います。
(ひらた)
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さて、今回は21歳ころのヨシノさんをテーマにして、ヨシノさんの実像に迫ってみたいと思いますが、果たして迫れるのか

私がヨシノさんとであったのは大学に入ってすぐのことで、当時ヨシノさんは4年生でした。ヨシノさんの第1印象は、会議に遅刻してきたのに、怒鳴り散らしてるおっかない人でした。おっかない人だという印象は当分続きますが、ともに過ごすうちに、どんどん新しいヨシノさんが見えてきました。
なんとヨシノさんは見た目は女性かしらという感じなのに、自分では男だと思っているということなのです
もし、このとき私が「ラストフレンズ」をみていたら(みれないですが)印象は違っていたか、あるいは衝撃が緩和されていたかもしれません。しかも、私はすでに2001年の段階で、金八先生第6回シリーズにおいて上戸彩が性同一性障害の生徒役を演じていたことすら知らんかったので、とてもびっくりしたのです。このときのびっくりは、「すごいひとに出会えてしまった」というどちらかというと喜びでした。ヨシノさんには失礼ですが、それからしばらく友人とヨシノさんは何者かという話をしたものでした。
「ヨシノさんは体が女だけど心は男らしいぜ」
「なんと!じゃあ、女の人が好きなんかな」
「いや、男も好きってきいたぜ」
「え、なんじゃそりゃー」
・・・
(会話の中身は実際のヨシノさんのセクシュアリティと関係ありません)
と、いい加減な話をしてました。
私自身のおろかな話をしても仕方ありません。
ヨシノさんと一緒に活動する場において、ヨシノさんを何か特別の存在とみる者はいませんでした。最初ヨシノさんを珍しがっていた私も、自分のセクシュアリティへの無自覚さを反省し、むしろ私はなぜ性別違和がないんだと悩んでました。
性同一性障害当事者はヨシノさんだけでしたし、他の人の多くは非当事者であり、当事者同士で集まるコミュニティやサークルといった空間ではありませんでした。
私は、異なる人たちがわいわい雑居してる雰囲気が好きでした。
いまから振り返ると、そうした空間をヨシノさんや先輩たちが努力して生み出し、一生懸命維持していたのが分かります。
性同一性障害に限らず、社会にはさまざまは人が生活しています。
しかし、だいたい世の中は多数の「普通」の人たちの生活に合わせて成り立っています。
それは、個々の団体や家庭にも浸透してりる「常識」としてまかり通っているのです。でも、それは、自身の違和感を押し殺したりはじき出されたりする人々の犠牲の上に成り立っています。
21歳ころのヨシノさんを振り返っていて思うのは、
ヨシノさんの生活の場、活動の場には、ヨシノさんを特別視する目はなかったように思います。もちろん、ヨシノさんはバリバリ仕事したりしていたので、そっちの面では目立っていましたが。
性同一性障害という言葉は、そう診断された人の個性を見えなくさせ、平準化してしまいます。
大事なことは、ヨシノさんのように、自らが生活する場で足元を固めること。異なる人たちとともに自分たちの空間をつくっていくこと、ではないかと思います。
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