Singing Of Myself 〜この身の自由をうたう

◇大阪医大ジェンダークリニックで起こった術後壊死について広く知らせ、問題提起します。

本人から

ふぁ氏誕生日

 皆さん、お久しぶりです。
 原告のヨシノです。
 ちょこちょこと、色んなところに顔を出したり、物を書いたりしていますが、「本人から」カテゴリで書くのは久しぶりです。


 今日9/22は、事務局員ふぁ氏の誕生日です。
 ふぁ氏とは、2003、4年頃にはちょっと話すくらいの関係だったのですが、その後、なんだか互いに大好きになりました(と私は思っています)。

 手術までの道のりも見守っていてくれたし、何より、術後2日にお見舞いに来てくれたときの手紙が忘れられません(ちなみにこのとき、救い難き理想主義者どもは、それぞれが食べたい土産を自由に買ってきたため、まだ食欲の戻っていない私の周りに、ドーナツやらワッフルやらの油物ばかりが並んで可笑しかった思い出もあります)。
 
 ふぁ氏は、チェ・ゲバラのポートレートに手紙を沿えて渡してくれました。
 
 「ユギちゃん とりあえず手術お疲れさま
  でも、これからの方がもっと厳しいです。そして、もっと険しいです」……


 もちろん、この段階では誰もが手術の成功を信じており、一人として、こんな忌まわしい出来事に発展するなどとは思っていませんでした。壊死を告げられてから半年後くらいに、ふとこの手紙を見返して、私は胸を衝かれたものです。想像だにしなかった、もっと厳しく、険しい道が、確かに待っていたのですから。
 その後、傷痕の痛みと提訴の準備、心身の不調に苦しみ抜きながら、修士論文を執筆していたとき、ふぁ氏の献身的な助力は素晴らしいものでした。当時まだ体調の戻っていなかった山本代表、幾度も的確な添削をしてくれた高橋さん、秘書的活躍の目覚ましかった現事務局長の鈴木氏、合宿所を提供してくれた宮本氏、を始めとして、あらゆる仲間に感謝をしていますが、ふぁ氏ほど我慢強く、ただ寄り添ってくれたことは、本当に支えになりました。
 カスタネダの『時の輪』という本を持ってきてくれ、私の闘争心に燃料を注いでくれたのもこのとき、絶妙のタイミングでした。

  
 ふぁ氏は現在、ある最前線の「現場」で、毎日毎日お仕事を頑張っています。ふぁ氏に与えられた大きな定めのような気がしています。
 ふぁ氏を見ていると、ひたすらに真っすぐな「道」を感じます。そして、詩人・長田弘の「世界は一冊の本」という作品の一節である、「権威をもたない尊厳が、すべてだ。」という言葉を思います。
 
 ふぁ氏 誕生日おめでとう。ありがとう。これからもよろしくお願いします。

 ところで、ふぁ氏の「予言の手紙」には、続きがあるのですが、それはまだ、秘密です。きっと、数年後に、笑いながら明かせる時が来るでしょう。
 心を込めて

ヨシノ ユギ


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ご挨拶

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2007年にお世話になった方々(概ね出来事の順)

・高槻むくげの会の皆さま(原稿掲載、傍聴、イベント参加)
・京都性教協の皆さま(イベント参加)
 特に、情宣をお取り計らい頂いた伊藤先生
・ゆにおんぼちぼちの皆さま(傍聴、イベント参加)
・憲法を生かす会の皆さま(ヨシノ、学習会講師)
・『インパクション』の皆さま(原稿掲載2回)
・提訴時の報道でお世話になったメディア各社の皆さま
 殊に、入念な取材をしてくださった京都新聞・テレビ大阪・人民新聞の方々
・関西Queer Filmの皆さま(ヨシノ、トーク出演)
・ICUのCGSの皆さま(原稿掲載)
・MERSの皆さま(ヨシノ、パネリスト参加)
・12.8ヨシノ支援共催シンポジウム講師の皆さま
 勝村久司さん、上瀧浩子さん、田中玲さん

 色々と無作法もあったと思いますが、どうぞ今後とも、変わらぬお付き合いをよろしくお願い申し上げます。
 また、賛同人表明やメッセージ、カンパをしてくださった多くの方々、傍聴やイベントに参加してくださった方々、この裁判についてブログ等で取り上げ、支援を表明して下さった方々に、心より感謝を申し上げます。
 どうぞ皆さまが、平らかな新年を迎えられますよう。
 

 そして、初めてだらけの裁判の中で、一緒に進んできて下さった弁護士の皆さま、激情かつ狷介な原告に対して、とびきり辛抱強い事務局の人びと。
 裁判の核心はこれからです。2008年も、この長い道程に同行をお願いします。
 愛と情熱と希望を。

ヨシノ ユギ

「この身の自由をうたう」

 あるところで、このブログのタイトルに触れて下さっていた方がいらしたので、少し。
 
 昨年の7月頃は、まだ左胸の脂肪が真っ赤に露出した状態で、異様な匂いに悩まされていました。また手術以降、ずっとテープが貼り続けられていた周辺の皮膚も弱っており、もともと皮膚がかぶれやすいこともあって、その痒みや蒸れにも辟易していました。
 暗澹たる気持ちであったその時期、日記に
 「……病院で赤ん坊を見ることが多い。自分の子ども時代を思い起こす。この身の自由を高らかに詩に歌い上げた6つの頃の軽やかさは影をひそめ、わたしはどこへ向かうか」
 と書き散らした愚痴を、ふるかわ事務局長が拾いあげてくれたのが、このブログのタイトルとなっています。
 その詩は、「わたしは いつも じゆう」という語で結ばれる短い詩だったのですが、6つの頃からは及びもつかぬ方向へと自分が歩いていくことに対して、昨年の夏頃は深い懼れを感じていました。もちろんそれは現在もですし、また、どなたの人生においても同じことがいえると思います。


 さて、ここは基本的に支援者の皆さんによるブログですので、重要な用件の場合以外は、あまり本人がウロウロしても判りにくいと思います。そのため、私の雑感などは(裁判のことも、それ以外も含めて)別のブログに書くことにしようと思います。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、もともと私が書いていたブログについては、手術以降、ほとんど更新ができていません。もともと引越しを考えていましたので、そのうち新しい場所が確定しましたら、左横のリンク集に加えておきたいと思います。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 ところで、下の記事にあるように、修論については無事?に提出することができました。案じて下さっていた皆様、どうもありがとうございました。

ヨシノ ユギ

「GID」当事者、ご友人、ご家族などの皆様へ

当HPやブログをご覧の、当事者や支援者の皆様へ

 皆様あけましておめでとうございます。
 原告のヨシノです。
 ヨシノ支援プロジェクトのHPや、このブログも徐々にアクセスが増えてきました。
 「GID」「ジェンダークリニック」などのキーワード検索からいらっしゃる方も多いので、おそらく、当事者やその周囲の方もご覧になっているものと思います。

 治療の情報を求めてこのHPに辿り着いた方の中には、私の手術に関する事実を知り、驚きや怖れ、また苛立ちを覚えた方もいらっしゃることでしょう。
 私は、大阪医大に通おうと思っている方や、現に治療していらっしゃる方に対して「やめるべきだ」と言うつもりはありませんし、不安に陥れたいわけでもありません。HP上に特定の医師名を一切出していないことからも、感情的な意趣返しではないことをお判り頂けると信じています。
 私の身に起こったことは、ひとつの厳然たる事実です。まずは裁判や運動を通じて、その内容や浮き彫りになった課題を提起し、当事者がより良い医療を受けるための情報になればというのが私の考えです。
 より安全で水準が高く、当事者の要望と「生の質」に根ざした医療を実現するということが、第一の目的であるということをご理解下さい。そのためには今後多くの方と、当事者・非当事者問わず対話していく必要があると思います。修士論文を提出したのちに、その呼びかけも本格的に行っていきたいと考えています。
 
 現時点では言葉足らずの部分が多いですが、私は常に、希望の方に向かって物事を進めることを志しています。私怨によって動いたり、後ろ向きに歩いたりするつもりはありません。
 この裁判について不安を感じている(かもしれない、特に当事者の)方には、今しばらくお待ち頂ければ、様々なやりとりをすることができると思います。
 どうぞご安心下さい。
 そして宜しければ、この行く先を一緒にご覧になりませんか。

ヨシノ ユギ

ヨシノより/各種報告

年末のご挨拶、及び賛同・会計状況について

 「ヨシノ支援プロジェクト」のHPやブログを御覧の皆様、年末をいかがお過ごしでしょうか。
 この裁判闘争の原告であるヨシノユギより、皆様にご挨拶申し上げます。
 
 2006年は私にとって、忘れえぬ年となりました。
 「簡単な手術だから」「壊死のリスクは想定しなくてよい」とまで言われた手術が失敗に終わり、壊死していく縫合部への恐怖と腐臭に耐えた一ヶ月あまりは、今思い返すことも苦しい時間です。壊死による感染リスクのため連日通院した夏の日々や、「一切病院の過失はない」という回答が返ってきた初秋のことなど、鮮明なようでいて、どこか現実味のないようにも思えます。
 病院側からは、謝罪はもちろんのこと、ショックを受ける私に対して情を同じくする言葉すら聞くことができませんでした。今回、裁判という道を選ばざるをえなかったことはとても残念に思っています。最低限の謝意や、「ジェンダークリニック」の看板に恥じない誠実なフォローを受けることができれば、異なる解決策があったかもしれません。
 しかし今回の闘いは、医療過誤としての側面はもちろん、日本の大学病院における「GID」医療前進のためにも、重要な論点を孕んでいると考えています。ジェンダークリニックという組織の内実や医師間の連携、当事者に対する画一的なイメージ、もちろん術式そのものや手技の巧拙、当事者の満足度に至るまで、今回の経験を通じて提起したい問題は数多くあります。
 現在は、修士論文の提出を目前に控えているため多くを述べることはできませんが、いずれ皆様にも、私自身からお伝えしていきたいと思います。

 
 さて、この「ヨシノ支援プロジェクト」の活動が始まってから3ヶ月弱、HP始動からは1ヶ月ですが、本当に多くの皆様から、ご賛同とカンパを頂いています。年末にあたり、会計と副代表から受け取った経過報告をここに掲載したいと思います(2人とも帰省につき)。

賛同人合計  162人
カンパ総額  671,206円

 ご賛同くださった皆様、メッセージをお寄せくださいました皆様、貴重なカンパをくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。

 提訴までの長い準備期間を支えて下さっていることに、本当に感謝しております。これからの長い闘いにも応援を頂ければ大変嬉しく思います。そして私も、可能な限り/可能な形で、「あなたの」闘いにも加わっていくつもりです。いずれ、様々な機会にお目にかかる方もいるかもしれませんので、その時はよろしくお願い致します。
 それでは、新しき年を迎えるにあたって、皆様のご多幸とご健康を心よりお祈りします。

2006年12月31日
ヨシノ ユギ


 最後に、この活動のために多くの時間と労力を割いてくれている「スクドモ」の皆さんにも、心からお礼を言いたいと思います。皆さん、どうもありがとうございます。2007年もどうぞよろしくお願いします。
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